そばの知恵袋

■'04春号

バックナンバー

 


なぜ?引っ越しそば

引っ越し先でのあいさつにそばを配るという「引っ越しそば」の風習は、江戸時代中期から江戸を中心に行なわれ、向こう三軒両隣りにそばを配るのが礼儀とされていました。隣近所へは2つずつ、大家、管理人には5つというのが決まりだったとか。その理由は、「おそばに末永く」あるいは「細く永くお付き合いをよろしく」といった江戸っ子の酒落心ともいわれますが、当時はそばがいちばん手軽で安上がりだったからともいわれています。

 

 

大入袋はそば代

昔、芝居が大入満員になったときには、興行主から関係者一同に盛りそば2つずつが振舞われていました。それを「大入そば」と言い、かなり古い時代から行なわれていた慣例のようです。多くの場合は、芝居小屋付近のそば屋の切手(そばの食券)が配られていましたが、やがて現在のように大入の2文字を刷ったいわゆる「大入袋」に現金を入れて渡すようになりました。つまり元をたどれば、大入袋はそば代として配られたものなのです。

 

「もり」と「せいろ」

「せいろ」とはすなわち「蒸籠」、饅頭やおこわなどを蒸す器のことで、江戸時代初期にはそば切りを茄でずにこの蒸籠で蒸して出す"蒸し切りそば"が流行ったことがありました。当時のそばは、つなぎとして小麦粉を使わない生粉打ちだったため茄でると切れやすく、蒸す製法が考案されたとの説もありますが、定かではありません。現在、もりそばやざるそばを蒸籠に盛り付けて出すのは、この時代の名残といわれています。