三遊亭 司の「日日是遊有」

第八回目「つかの間の避暑地 等々力渓谷」

等々力渓谷今年も猛暑に節電の夏。
と、こうきたら、涼をもとめて渓谷へ…といっても奥多摩辺りなんぞでなく、東京23区は世田谷区の『等々力渓谷』へ。

等々力渓谷は谷沢川の浸食でできた、深さ10メートルながられっきとした渓谷。そのうえを環状八号線が通るのも実に東京らしい。

大井町線等々力駅を出てすぐ、脇の道へ入ると渓谷へとおりることができる。等々力渓谷
この日も30℃を超える夏日ながら、渓谷へ降りると常緑の樹々をわたる風がここちよい。いや、涼しい。

谷沢川をはさんだ、授業でおなじみ関東ローム層など何層もの岩肌からは水が湧き、湿地をつくる。

等々力渓谷しばし暑さを忘れて川沿いをゆくと、不動の滝が涼やかにしぶきをあげる。このとどろくしぶきの音からついた地名が、そう等々力。滝の横から石段をあがると等々力不動の境内に出る。

喧騒もとどかない谷底からあがると、そこは車がひっきりなしに行き交う環状八号線。まるで真夏の白昼夢でもみたようだ。

 

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カテゴリ三遊亭司の「日日是遊有」 | 2012. 08. 01. 16:33 |

第七回目「東京の漁師町」

漁師町潮風を感じる海辺の街が好きで、猫がのんびり昼寝をしているような漁師町が好きだ。
わたしの生まれ育ち住んでいる大田区にある、かつてのそんな漁師町、羽田をぶらり。

京浜急行大鳥居の駅から羽田神社にむかって歩くと、そのむこうが多摩川。すぐそこが、東京湾だ。
みなさんが羽田と耳にすると飛行場であろうが、多摩川の河口には釣船、屋形船、漁船の桟橋、そのむこうに近代的な新しい国際線ターミナルが見える、新しいものと古いものが当たり前のように混雑するのは東京の魅力であろう。

橋多摩川から今度は町中へはいってゆくと、穴守稲荷神社で賑わいをみせた門前町。海老取川にかかる稲荷橋をわたるとそこは行き止りになっているが、かつては芸者置屋、温泉、海水浴ができた大歓楽地であった。

戦前のいまの場所ではない穴守稲荷も、歓楽地もあとかたもないのは、戦後GHQによる空港付近の48時間強制撤去という悲しい歴史のせいだ。

鳥居稲荷橋からさらに河口にかかるのが弁天橋。弁天橋の先に、羽田の大鳥居がそびえる。この大鳥居は近年まで、空港の真ん中から動かせなかった橋であり、その歴史を背景にした怪談めいた話もよく耳にするが、青空と海を前にそびえる大鳥居は羽田の町を見守っているようにしかみえない。

 

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カテゴリ三遊亭司の「日日是遊有」 | 2012. 07. 05. 00:49 |

第六回目「東京のまん真ん中で、富士登山」

渋谷区千駄ケ谷1 週末を利用して海外にだって行けるいまと違って、旅行が「旅行」でなく「旅」であった時代、それは庶民の憧れであり、また命がけでもあった。
だいいち、無闇矢鱈に旅に行くことなんざ出来なかったわけで、そこで旅の目的は伊勢へ、大山へ、江の島へ、信心を目的としたお詣りということになる。
とりわけて、人気を集めたのが、富士詣り。地名にも残るように、江戸のいたるところから眺めることができた富士山に登ってみたい、というのは人情だろう。
講という集まりを作り、その講中でお詣りへ、となるのだが、そう大勢で易々と旅に出られるものではない。
が、そんなところでへこたれる江戸っ子ではない。

台東区下谷2 登れないなら作ってしまおう!
と、江戸のいたるところにできたのが、富士山の熔岩を使い、富士山に模して作った『富士塚』だ。
7月1日の山開にあわせて、白木綿の装束を来て、お山と同様「六根清浄」と唱えて登る。
千駄ケ谷富士と呼ばれた里宮まで祀られた鳩森八幡(写真上=渋谷区千駄ケ谷1)の富士塚の険しい?山道を「六根清浄」と登ってゆくのはなかなかに愉しい。

続いて小野照崎神社(写真中=台東区下谷2)にあった富士塚には二合目、三合目と石標がたっており、これまた気分がでる。
豊島区高松2圧巻だったのは住宅街にどっーんとある豊島長崎富士(写真下=豊島区高松2)。国の重要文化財であり、その規模もまた随一。大きな石碑が沢山に建立されているのだが、惜しむらくは今回訪れたなかでは鳩ケ森八幡の富士塚以外は登ることができない。

こんな立派な富士塚があったら、やっぱり登りたい。
なぜって、そこに山があるからさ。

 

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カテゴリ三遊亭司の「日日是遊有」 | 2012. 06. 04. 14:16 |

第五回目「都内寄席巡り」

この『日日是遊有』タイトルにあるように、落語のなかの笑いは、実にふとした何気ない日常にあるもので、寄席に行くと、これまた実にさりげなく、365日毎日々々昼夜問わず落語を演芸を見聞きできる。
寄席の笑いは、よく「十年一日」と揶揄されるが、この「十年一日」がとんでもなく偉大で、よくよく聴けば、同じ噺でも一席たりとも同じ高座に出会うことはできない。

なんてなゴタクはおいといて、きょうはわたしたちの大切な場所、寄席をご案内ィ。

で、寄席。ヨセ。
寄席ってなぁに?と、いう方にカンタンに説明すると、常打ちの落語専門の劇場。
東京の寄席は、およそ210年ほどの歴史があり、最盛期には町内に一軒、都内に300軒ほどあったそうだ。その寄席も、やがて映画館になり、その映画館すら街から消え行き、寄席にいたっては、新宿末廣亭、上野鈴本演芸場、浅草演芸ホール、池袋演芸場の四軒のみ。

池袋演芸場

私事だが、98年3月31日、池袋演芸場で初高座。
だからというわけではないけれど、池袋演芸場は好きな寄席だ。
もちろん、四軒の寄席それぞれよさはあるのだが、席数100席弱の池袋演芸場はマイクを通さず地声で落語が出来るため演者とお客さんに一体感が生まれる、よりライヴ感があるというのだろうか。
ただ、平日の昼間、お客さんが少ないときなど、慣れない方は逆にドキッとするかも知れない。
中堅から若手を中心に持ち時間が長いところも魅力だろう。

 

鈴本演芸場初高座の翌年に見習いが明け、正式に前座修業がはじまったのが、上野の鈴本演芸場。
鈴本演芸場の客席は少し暗め、じっくり噺を愉しめるような番組が印象的な寄席であり、毎週日曜日の午前10時から、われわれ若手落語家が四人でで木戸銭500円の『早朝寄席』も愉しめる。
終演後、池之端の老舗をめぐるも、アメ横で安酒に酔うのも…。

鈴本演芸場と、場所柄対象的なのが浅草演芸ホール。
今月、スカイツリーもいよいよ開業を迎え、浅草もまた一段と賑わいを見せている。そんな場所柄もあって、観光客も多く、バラエティに富んだ明るい番組にどこか懐かしさ、も。
上野がアメ横なら、浅草にはホッピー通りなる賑やかな通りも…って、どうしても飲むほうにハナシがいってしまう。が、もう一軒ご案内。

新宿末廣亭四軒目は新宿末廣亭。
寄席を三軒まわり、新宿についたのは5時過ぎ。
ん?写真を撮るには暗いかな?と、思いきや、どうだろうこの雰囲気。
灯ともし頃というやつで、なんといってもこの風情がたまらない。
楽屋も楽屋で火鉢があったり、客席には桟敷席があったり、寄席って空間を隅々まで愉しめるところだ。この新宿末廣亭では毎週土曜日の21時半から早朝寄席同様の『深夜寄席』も、こちらも500で。

心が揺さぶられるような落語や演劇、映画もいいが、普段着の落語や演芸もたまにはどうだろう。

そんなところが、寄席の魅力。
肩の力を抜いて、ふらり、と。

演者も肩の力、抜いてますから。

 

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カテゴリ三遊亭司の「日日是遊有」 | 2012. 05. 07. 13:29 |

第四回目「春のうららの隅田川」

佃育ちの白魚さへも 花に浮かれて隅田川
東京が江戸とよばれ、隅田川が大川とよばれていたころ、大川?隅田川でもシラウオがとれたということを識ったのは、幼い過日に耳にした三代目桂三木助の十八番『芝浜』のマクラでのこと。
いつもなら、ぶらりといくところだが、そんな大橋のシラウオよろしく、ゆらりゆらりと水辺から東京を。

本当の川遊びとなると、あのいかにも風情のある屋形船、と、こうなるのだろうが、浜松町・日の出桟橋を中心に「水上バス」の航路はいくつかあるのだが、きょうは隅田川ライン。日の出桟橋から吾妻橋のたもとにある浅草の桟橋まで隅田川をのぼる、40分の旅人に。

勝鬨橋日の出桟橋から浅草まで、13の橋がそれぞれ美しい姿をみせてくれるのだが、右手に晴海埠頭、左手に浜離宮、東京の台所・築地市場を見てまず最初に架かるが築地と月島を渡す、勝鬨橋。
隅田川に架かる橋のなかでも、とりわけて美しいこの勝鬨橋は、大変にめずらしい開跳式の橋。ようするに、おおきな船舶が航行の折、跳ねあがる橋。
今ものこる操作室などを見上げながら、この橋があがる姿はどんなに美しいだろう、といつも思うのだが、1970年以降晴海通りの交通量増加などを理由に開跳されることはなく、再び開くには何億円の費用がかかるとのこと。

その勝鬨橋をわたると、月島、佃島、石川島。
江戸時代には橋は三本しか架かっておらず、橋が架かるところにはいわゆる「渡し」があった。
佃煮の発祥・佃島にわたる佃島大橋ももちろん当時はなく「佃の渡し」が明石町とを結んだ。その渡し船が隅田川最後の渡し船であった。

永代橋「佃の渡し」と「佃島」を舞台にした落語に『佃祭』があり、佃祭りとは佃島・住吉神社の祭禮を指し、ここの住吉囃子は江戸三大囃子のひとつに数えられる。
そんな江戸情緒溢れる佃島一体も、いまやウォーターフロントの高層マンション群。江戸の長屋も、いまや随分とタテに伸びてしまったようだ。

そんなことを考えているうちに、航路もなかほど。
架け替えこそされたが、そこに江戸時代から架かる橋が、両国橋。
武蔵の国と下総の国に架かるところから両国橋。
古くから架かる橋だけあり、そこには歴史もドラマも沢山にあるが、落語に馴染みが深いのは、いまの隅田川花火大会の発端、旧暦の5月28日の川開きの晩、侍の一行と職人が威勢よく喧嘩する『たがや』の舞台が、この両国橋の橋の上。

箱崎ジャンクションにさしかかり、渋滞する高速道路を下から見上げているうちに、左岸を見るとずぅっと蔵を模した壁が続く、ようは、蔵前の地名の通り、当時の蔵の風情。
スカイツリー蔵前までくれば、浅草の桟橋も目と鼻の先。
一番最後にくぐるのが、吾妻橋。
人情噺の大作である『文七元結』『唐茄子屋政談』それぞれの噺で若者が身投げしようとするのが、この橋。
と、いうことは、そのころから架かっていた橋のひとつ。

その吾妻橋をくぐり、桟橋をおりると雷門があり、また、ビール会社の不思議なビルと目に新しい東京スカイツリー。
古来、橋はこの世とあの世をむすぶとされてきたが、それは過去と未来、江戸と東京でもあるのだろう。

さて、電気ブランでもひっかけて、花に浮かれて帰ろうか。

 

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カテゴリ三遊亭司の「日日是遊有」 | 2012. 04. 02. 12:08 |
三遊亭 司のプロフィール
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