三遊亭 司の「日日是遊有」

第十八回「莨入れ」

普段タバコを服むことはないのだけれど、噺によっては腰に莨入れ(たばこいれ)を差す。

落語の時代背景からすれば、もちろん紙巻煙草ではなく、刻、きざみ。それをご案内のように煙管の火皿に詰めて吸う。
それもやってみた、つめて、炭火で二三服、コッーンと灰をおとして、ふっと吹く。紙縒りで煙管を掃除する。

そうやって、噺のなかのひとになったり、噺のなかの長屋に、街並みに入りこんだりすると、少し江戸が近くなる。

 

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カテゴリ三遊亭司の「日日是遊有」 | 2013. 06. 01. 22:02 |

第十七回「旅」

旅と旅行はちがう。どうちがうかと訊かれたら、国語学者ではないので正確には解らない。が、ちがう。

落語家なので落語家的にいえば泊まりの仕事が、旅。
何時何日何処へ行って何を観て何を食べて何時帰る。これが、旅行。

日本全国、当然のように日帰仕事の昨今、日本橋を朝早く発ち二本の足でてくてく歩く往時の旅が羨ましくもある。

 

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カテゴリ三遊亭司の「日日是遊有」 | 2013. 05. 08. 11:07 |

第十六回「長命寺の桜餅」

「あそこの桜餅でなけりゃあ土産にならないというぐらいなもん」というのは落語『おせつ徳三郎』の前編『花見小僧』での旦那の台詞。

いま以上に春の訪れを、花の季節を愉しみにしていた江戸っ子のお花見スポットといえば飛鳥山に向島、その向島の名物が「あそこの桜餅」こと長命寺の桜餅だ。

高速や堤防に当時の風情はないものの、店内で緋毛氈に座り木箱に入った桜餅を頂くと、その桜の香りこそ、まさに名残の江戸土産だ。

 

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カテゴリ三遊亭司の「日日是遊有」 | 2013. 04. 09. 11:53 |

第十五回「劇場の神様」

開演前。まだお客様がお入りになっていない客席から高座を見たり、高座からそんな客席を見たりするのが好きだ。
いい会場ほど、誰もいない時でも高座や舞台にむかって気が流れている。もちろんその逆も。

こんな時、はっきりと寄席や劇場の神様を感じる。
毎日毎日、数えきれない舞台を見ている神様は目が肥えてちらっしゃる。

開場すれば、今度はお客様が神様いうことになるのだか、この神様はとんだきまぐれの福の神だ。

 

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カテゴリ三遊亭司の「日日是遊有」 | 2013. 03. 03. 18:07 |

第十四回「風呂敷」

風呂敷や手拭が、また昨今見直されているというのは嬉しいハナシだ。

この風呂敷…ふるしきって発音したりする…も落語家には必需品で、衣装はこんな風呂敷包みになる。

まず、風呂敷に帯を敷いて…いや、帯を人敷く師匠、敷かない師匠、それから長着の上に羽織りなのか、逆なのか。

それぞれ一門で特色があり、着物の畳み方同様、個人個人違うその風呂敷の包み方は、ちゃあんと修行中の前座のアタマん中に入っている。

 

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カテゴリ三遊亭司の「日日是遊有」 | 2013. 01. 31. 15:45 |
三遊亭 司のプロフィール
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