三遊亭 司の「日日是遊有」

第十回目「泳ぎ姿。」

食欲の秋。
昨晩も秋刀魚を焼きながら、亡き師匠の言葉を思いだしていた。
魚は泳いでいる姿のように焼け

弟子入りして間もなく、当時の師匠桂三木助にそう言われた。
当時十八歳のわたしは「はぁ、そういうものなのか」と思いこそしたが、じゃあ切り身はどうするんだろう?と、思うほどの余裕はなかった。なくてよかった。あったら、ひとつ余計に頭をはたかれただけだ。

師匠三木助は独身で台所周りも修行の範囲内。
朝は掃除しながら朝食の献立づくりにアタマを悩ませた。
なにしろ、やることみなはじめて、だ。魚すら上手く焼けない。
そんな、わたしをみて

俺とお前の分、二尾魚を焼いて、お前ので焼き具合をみればいい。
と、言われた。素直にそうした。
これもまた「なるほど、そういうものか」である。言われるままにそう思っていた。
後日、楽屋でとある先輩に

「師匠怒ってたぞ。あいつはおれとおんなじ魚を食べてやがる」
と、聞くまでは。

 

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カテゴリ三遊亭司の「日日是遊有」 | 2012. 09. 29. 23:00 |

第九回目「五十の着物に百の帯」

帯着物、和服にはなにかと小物がつきもので、そこに気をつかうのが江戸っ子の粋だろう。

羽織紐しかり、帯しかり。
五十の着物に百の帯というぐらいで。

等々力渓谷この夏、浴衣でも着ようなんて思ったとき、難関になったのがその帯ではないだろうか?

いまでこそ、腰のハスんところで、ツノをピンとさせ角帯を締めてるものの、先輩に笑われ、直されしながら、前座の三年間毎日着ているうちに、前で締めていたのが、キュッと後ろで締められるようになった。

このキュッという音も、目の詰まった正絹の博多帯の特徴。江戸時代、毎年福岡黒田藩が幕府に献上していたもので、いまだにその名も『献上』と呼び、浅草の『帯源』で扱う献上の博多帯はわれわれにとってひとつのステータス。

その献上の帯にふさわしく、後ろでキュッっとしめられるようになったこ ろ、前座もそろそろ二ツ目にあがれる、と、そういうわけだ。

 

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カテゴリ三遊亭司の「日日是遊有」 | 2012. 09. 05. 12:25 |
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