第十回目「泳ぎ姿。」

食欲の秋。
昨晩も秋刀魚を焼きながら、亡き師匠の言葉を思いだしていた。
魚は泳いでいる姿のように焼け

弟子入りして間もなく、当時の師匠桂三木助にそう言われた。
当時十八歳のわたしは「はぁ、そういうものなのか」と思いこそしたが、じゃあ切り身はどうするんだろう?と、思うほどの余裕はなかった。なくてよかった。あったら、ひとつ余計に頭をはたかれただけだ。

師匠三木助は独身で台所周りも修行の範囲内。
朝は掃除しながら朝食の献立づくりにアタマを悩ませた。
なにしろ、やることみなはじめて、だ。魚すら上手く焼けない。
そんな、わたしをみて

俺とお前の分、二尾魚を焼いて、お前ので焼き具合をみればいい。
と、言われた。素直にそうした。
これもまた「なるほど、そういうものか」である。言われるままにそう思っていた。
後日、楽屋でとある先輩に

「師匠怒ってたぞ。あいつはおれとおんなじ魚を食べてやがる」
と、聞くまでは。

 

Comments are closed.

        カテゴリ三遊亭司の「日日是遊有」 | 2012. 09. 29. 23:00 |