第九回目「五十の着物に百の帯」

帯着物、和服にはなにかと小物がつきもので、そこに気をつかうのが江戸っ子の粋だろう。

羽織紐しかり、帯しかり。
五十の着物に百の帯というぐらいで。

等々力渓谷この夏、浴衣でも着ようなんて思ったとき、難関になったのがその帯ではないだろうか?

いまでこそ、腰のハスんところで、ツノをピンとさせ角帯を締めてるものの、先輩に笑われ、直されしながら、前座の三年間毎日着ているうちに、前で締めていたのが、キュッと後ろで締められるようになった。

このキュッという音も、目の詰まった正絹の博多帯の特徴。江戸時代、毎年福岡黒田藩が幕府に献上していたもので、いまだにその名も『献上』と呼び、浅草の『帯源』で扱う献上の博多帯はわれわれにとってひとつのステータス。

その献上の帯にふさわしく、後ろでキュッっとしめられるようになったこ ろ、前座もそろそろ二ツ目にあがれる、と、そういうわけだ。

 

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        カテゴリ三遊亭司の「日日是遊有」 | 2012. 09. 05. 12:25 |